「じゃあ、なんで公園に人数を張り付けていたんだ?」「クーカが潜んでいるのを知っていたんじゃないか?」 呼ばれても居ない保安室の面々が、作戦指揮車まで繰り出していたので訝しんでいた者もいたようだ。「爆弾騒ぎで死傷者が十人以上出ている。 君らの責任ではないのかね」「どうして情報を共有しない。公安だからと言って好き勝手に振舞って良い訳無いだろ」「どう責任を取るつもりだ」 全員が口々に保安室を非難し始めた。それはそうだろう。厳戒の警備網を引いたにも関わらず、狙撃手ばかりか爆弾の設置まで許してしまったのだ。 失態どころの騒ぎでは無い。警備責任者が十人単位で左遷させられるのは目に見えている。 何とかして責任を保安室に擦り付けようと必死になっているのだ。「でも、クーカとか言う殺し屋は、首相では無くて謎の狙撃手を撃ち殺しましたよね?」 先島は正体不明の狙撃手の事を言っていた。公園の方に向けて狙撃銃を設置していたので、彼が暗殺犯であると推測されていた。 それでは狙撃手を撃ったのは誰なのかが問題にされていた。 もちろん、SWATチームでは無い。彼等は射撃音がするまで狙撃手の存在に気が付かなかったのだ。「結果的に助けられたのは貴方たちの方じゃないですか?」 先島が会議室で椅子に座って居るだけの面々を見ながら言い放った。全員が苦虫を噛み潰したような顔をしてしまった。 分かってはいたが誰も口にしなかったようだ。「うるさいっ! でていけっ!」 顔を真っ赤にした警備部長に怒鳴られてしまった。 暖簾に腕押しの状態に、とうとう警備部長は痺れを切らしたのであろう。 保安室の面々は追い出されてしまったのだ。「まったく…… お前は相手を怒らせる才能はピカイチだな……」 帰りのエレベーターで室長が笑いながら話しかけて来た。「ふふふっ、分かってて連れて来たんでしょ?」 先島が苦笑いしながら室長をみた。 先島の自宅。 警備部長にどやされた先島は家に帰って来ていた。「取り敢えず謹慎させるとでも言っておくから休め」 室長にそう言われたのだ。室長も警備部長の怒りは大して気にしていないようだった。保安室の面々は出世如きに興味は無いのだ。「はい、分かりました。 自宅から会社にアクセスしてもよろしいですか?」 別に反省している訳では無い。すこし、調べ物がしたかった
クーカはソファーにチョコンと座って居た。外套は着たままだ。「狙撃手を始末してくれてありがとう……」 先島はクーカの前にコーヒーを置きながら礼を言った。「何の事かしら?」 クーカが小首を傾げて聞いて来た。中身はアレだが見た目は愛らしい少女である。仕草が似合っていた。「いや、そういうのは良いから……」 先島は苦笑してしまった。お互いに分かっているが認める訳にはいかないのも困ったものだ。「彼の名前は徐朋栄。中国籍だそうだ」 先島はクーカの反応を見ながら言った。知っている人物なのかも知れないと思っていた。「彼? 彼女じゃなくて?」 クーカは『彼』という単語に反応した。やはり、狙撃手を見ていたのだ。「狙撃手の特徴は報道されて無いから誰にも言わないようにね?」 再び苦笑しながら言った。 クーカが『彼女』と言ったのは『彼』が何故か長髪のカツラを被っていたからだろう。犯人が長髪のカツラを被っていたのは警察しか知らない情報だ。それを知っているのは犯人だけのはずだ。 つまり、クーカは『彼』を見ていたと自白した事になる。「……」 クーカはしまったという顔をしてから首をすくめた。(やっぱり、お前じゃんか……) あの遠距離狙撃を決めているのだから、手練れの狙撃手だろうなとは思っていたが案の定だった。 それでも先島は逮捕する気には無かった。クーカにもそれは分かっているのだろう。 だから、平気な顔して先島の部屋に遊びに来るのだ。「……本当に中国籍なの?」 クーカがちょっと考えてから聞いて来た。「どういう事だ?」 先島は妙な質問に訝しんでしまった。「北安共和国の軍人の可能性が高いわ……」 クーカはある程度は背後関係を知っているので推測したのだ。でも、その背後関係すべてを先島に説明するつもりは無かった。彼女は相棒のヨハンセンですら信用していない。「あの国の兵隊にしては高価なライフルを使っていたぞ?」 先島は藤井から届いた報告書を思い出しながら言った。「レミントンのM700は金さえ出せば調達が容易だから使ったんでしょ」 国民の生活は省みないが、武器には金を惜しまないのが北安共和国だった。「ドラグノフは調達が難しいのか?」 先島はもう少し鎌をかけてみる事にした。「ええ、難しいわね…… てか、良く知ってるわね?」 クーカは少し驚いた。
「え? 『あの人たち』一派? 何それ…… 変な名前……」 クーカが口を抑えている。笑いを堪えているようだ。「おっさんの集団なんだ…… ネーミングのセンスは壊滅的に決まっているだろう」 先島が憮然としている。そこまで受けるとは思ってなかったのだ。「ヒントだけなのか?」 どちらも政財界と大型宗教の大物だった。すこし、骨が折れそうだった。「大人なんだから自分で探しなさい……」 そういってクーカはクスリと笑った。「どうして、そんな重要な情報を俺に寄越すんだ?」 先島にもクーカの思惑は手に取るように分かる。 公安が動いている事で相手を慌てさせ、隙をついて目的を達しようと言うのだろう。「私は私で鹿目に用があるのよ」 クーカはそう言った。顔は笑っているが目が笑っていない。(鹿目は臓器移植を受けてるのか?) 世界一の殺し屋は移植された臓器をコレクションしているというメモ書きを思い出していた。 何故なのか聞いてみたい誘惑に駆られる。しかし、聞き出そうとしても答えないのも知っている。「つまり、鹿目を探していると言う事なのか……」 先島が尋ねた。クーカが『探す』というのは相手を『狩る』というのに等しい。「お前さんの仕事の手伝いは立場上出来ないよ?」 呆れたとでも言いたげに先島が答える。警察が殺し屋の手伝いなどは出来ない相談だ。「そんな事は期待してないわ……」 クーカが事も無げに言った。先島の考えは概ね当たっているが肝心の獲物が分からなかった。「そう云えば覚えているかな?」 先島は少し違う話題を振ってみようと考えた。「何を?」 クーカが尋ねる。「多摩川上流の河原にある廃棄されたキャンプ場で何かを燃やしながら空を見てたろ?」 先日、初めて遭遇した際のことを言い出した。そこで見た印象でクーカの事を日本に仇なす敵と見られないでいる。「……」 先島の目には今も泣き虫のクーカとしか映っていなかった。「そうね、そんな事も有ったわね……」 クーカが思い出すように言った。というか、すぐに分かったのだが質問の意図が分からなかったのだ。「あれって何を見てたんだ?」 先島がコーヒーを一口飲む。「鳥を見てた……」 クーカは窓から空を見上げながら答えた。「鳥は風を見る事が出来るのよ」 クーカが答える。彼女の話は抽象的な物が多いなと感じていた
鹿目の自宅。 鹿目の家系は江戸時代初期まで遡れる武家の出らしい。 元々は勉強が苦手で志望校をことごとく落ち、仕方なく米国の大学に留学した。そこで、超大国のありようをまざまざと見せつけられた鹿目は日本もそうあるべきと考える様になった。 親の地盤を引き継いで政治家になり、党内で様々な役職を経験した。現在は内閣官房長官になっている。 もちろん、党内ににらみを利かせる為に、自分の派閥は盤石な体制を敷いていた。 そんな政界の大物らしく立派な洋館に住んでいる。しかし、家族がいない鹿目はいつも一人だった。 朝、秘書が迎えに来るまでは日中のお手伝いさん以外は人が居なくなる。 鹿目自身は寂しいとは感じていない。むしろ人付き合いに煩わされない分助かっているとさえ思っていた。 そんな鹿目が携帯電話で誰かと話している。『……彼らは約束を守れと言っている』 相手はかなり立腹しているようだ。「守っているじゃないか」 そんな怒りなど気に留めてないかのように鹿目は話していた。 暖炉を模した電熱器からの照り返しが鹿目の顔を仄かに赤くしている。 広大な屋敷にも関わらず、夜になると屋敷には鹿目一人きりだ。鹿目の声だけが部屋に響いていた。『粗悪品では駄目だと言っているんだよ…… 実際にあれは成分分析でも違う物だと分かるぞ?』 相手は取引商品の苦情を言っているようだった。「いいや、中身に相違は無いよ。 連中の成分分析が間違っているんだろう」 鹿目は飄々とした様子で答えていた。粗悪品だろうがなんだろうが内容は同じはずだ。『北の連中は何人も代金分を払っているのに、掴まされたのは粗悪品だと怒っているんだよ』 北の連中とは北安共和国の事だ。 北安共和国は非常に貧しい。それは国際社会に馴染もうとしないので当然ではある。だが、他国と取引しようとする時に外貨が足りないと言う問題に直面してしまう。 今回はかなり高額なのでドルも円も無い彼らは、自国の人間の臓器を代金支払いに充てて来たのだ。 日本は臓器移植を希望する人は多いが、提供者は絶望的に少ないのが現状だ。そこに付け込んだ闇のビジネスが生まれるのも道理だ。『約束を守らない見せしめとして、爆弾を爆発させたと言っているんだ』 先の首相暗殺未遂を言っているらしい。本人は親切のつもりなのだろう。だが、鹿目は知っていたのか動じる
「臓器を移植してやる代わりに帰依して言う事を聴けと、信者を増やしていったじゃないか」 鹿目は大関の動向を部下に見張らせているらしい。元々はそれなりに勢力を誇っていたが、最近は家族ぐるみで信者の入信が激増しているのだそうだ。『その見返りは十二分に答えているだろう?』 もちろん、非公式にだが自分の支持者に移植を希望する者が居る時には便宜を図ったりもした。「それに今回の事は君が部品では無く、生体を持って来たのが発端だと僕は考えているよ……」 部品とは移植用臓器の事だ。そして生体とは生きている人間の事だ。『生きの良い生体を望んだのは自分だろ? だから、そのまま密入国させてたのさ』 宗教を隠れ蓑して密入国までやっている。「冷凍物でも良かったんだがね」 一般に移植用の臓器は取り出してから数時間の内に使われる物だ。そうしないと移植対象に定着しなくなってしまうからだ。『苦労して持ち込んだ生体を逃がしたのは、お宅の部下だろ?』 どこの組織にも良心に目覚める者がいるものだ。「まあ生体を燃やし損ねたのは失態だったがね……」 鹿目はようやく自分の落ち度を認めたようだ。『一家全員を皆殺しにしておいてそれは無いだろう……』 大関が笑いながら言っていた。「ちゃんと事故として処理させたよ……」 鹿目は薄笑いを浮かべていた。『おまけに陰謀の匂いを嗅ぎ付けたライターも殺しているじゃないか……』 金が動く処には群がるハイエナが寄って来るものだ。「あのライターは金を掴ませて黙らせる予定だったのさ」 鹿目が笑いながら話す、今までもこうして来たからだ。金になびかない者などいないし、そういう奴は信用できないのも知っている。「酔っぱらって死んだのはこちらの落ち度じゃないね」 これは本当だった。きっと生活がだらしない奴だったに違いない。『……』 大関は黙ってしまった。返事が無いのが了解の印と受け取ったのか、鹿目は電話を切ってしまった。「ふむ……」 鹿目は静かにため息をついた。このところ不手際が目立ち始めている。仕切り直しの必要性を感じ始めているのだ。(そろそろ大関たちを排除するか……) 使えなくなった駒は捨てる。これが鹿目の生き方だ。親しい友人など必要とはしていない。 同じ時刻。鹿目邸付近の民家の屋根にクーカが居た。屋根の上で星を見上げるかのように寝転が
中型スーパー大光の店内。 今後の対策を練ろうと先島のマンションに行ったのだが留守だった。 実は、先島のコーヒー目当て行ったのだが、自分で炒れるのは味気ないので止めにしたのだ。(それにしても……) クーカが不思議そうな顔で小首を傾げている。(どうしてベランダ側の窓に、スリッパが揃えられていたのかしら……) 猫柄の可愛らしいスリッパだった。先島の奇行には分からない物が有るとクーカは考えた。 もっとも、先島からすれば一向に玄関を覚えないクーカに、スリッパを履かせたかっただけなのだ。(ああ、普通の人は仕事している時間か……) 普通とは違う生活をしているクーカは曜日の観念がすっかり抜けていた。 そこで、先島が帰宅するタイミングを狙って訪問しようかと、彼の『会社』の近くに来たのだ。 このスーパーには片隅にコーヒーコーナーがあるのだ。クーカはそこを利用していた。 店内は夕飯の支度時間には、まだ間があるのか人影は疎らだ。「やあ、クーカちゃんだよね?」 見知らぬ男がクーカに声を掛けて来た。自分の席の前に座ると、前から二人後ろからも三人やって来る気配がしていた。 見た事も無い連中だった。全員が何故かニヤニヤしている。相手を小馬鹿にする時の笑い方だ。(ちっ……) 自分の名前を知っているという事は面倒事が起きるに違いない。先島の勤務先の近所で立ち回りをするのは正直気が引けた。 男四人に取り囲まれてしまったクーカは離脱するタイミングを考えていた。「お兄さんたちさあ、或る人に頼まれて迎えに来たんだよ……」 ヨレヨレのスーツの中身は派手なシャツ。本人は流行りのつもりのようだが、どう足掻いてもチンピラにしか見えなかった。「……」 クーカはそれを無視して席を立った。「まあまあ、お兄さんの話を聞いてよ…… ね?」 先頭に居た男二人がクーカの前に立ちはだかった。そして、腰に差し込んである拳銃をチラ見せしてきた。自分たちは武装してるんだぞ言いたいのは分かった。クーカの事をある程度は知っているらしい。(……トカレフ ……じゃなくて、レッドスター ……装弾数は八発……) 横目でチラリと見たクーカは瞬時に相手の武器を見破った。 レッドスターとは中国がコピー生産したトカレフ拳銃だ。性能は……まあ、弾は出る。(撃鉄も起きてないという事は装弾されていない…
その隙にクーカは小型の玉ねぎをビニール袋に入れて足で踏み潰した。 潰した玉ねぎを入れたビニール袋を両手に持って立ち上がるクーカ。 まず、左側の男目掛けて投げつけた。簡易な薄い袋は直ぐに破け中身は男の顔にかかった。「うがああああっ!」 ぶつけられた男は両手で目を抑えていた。 玉ネギ絞り汁の主成分は硫化アリルで、催涙ガスの元になるぐらいに刺激が強い。これは目潰し代わりになるのだ。 クーカは次に右側の男に袋ごと殴りつける様に叩きつけた。破れた袋から飛び散った玉ネギ汁が男の目を刺激する。クーカはそのまま身体を回転させ、左腕の肘で左側の男の顎を正確に打ち抜いた。「うがっ!」 目が効かない所で、いきなり脳を揺さぶられた男はそのまま膝をついて突っ伏した。気絶したのだ。 クーカは身体の回転を止め、逆に回転して右側奥の男の股間を蹴りぬいた。もちろん渾身の力を込めてだ。「はぅっ!」 男は悲鳴を上げることが出来ない位に悶絶してしまった。「この野郎!」 そう叫びながら後ろからナイフを構えて襲ってきた者もいる。 クーカは手短な所に有った大根でナイフを受け止めた。直ぐに大根を手を放すと刺さったとナイフと共に床に落ちて行く。 アンバランスな荷重のかかり方に相手の手首が追い付けないのだ。 ナイフを落とした男の喉に手刀をお見舞いした。息が出来ない男はゼヒゼヒ言いながら床を転げまわっている。「てめえっ!」 もう一人のナイフはキャベツで受け止める。それを手首の反対方向にねじると相手はナイフを手放してしまった。 クーカは傍に有った長めの牛蒡を鞭の代わりに使った。相手が銃を取り出そうとしたので、手の甲を叩いてから顔を右に左にと殴りまくったのだ。 三撃目で牛蒡が折れてしまったので、足もとに落ちていたカボチャでぶん殴った。これは硬いので効いたようだ。殴られた男がよろけている。 最後は長ネギを構えて男たちを牽制していた。男たちはあまりの展開に唖然としてしまった。「あ? え? えええーーーっ!?」 男たちは狼狽してしまった。相手のあまりの強さにだ。 相手は見た目は普通の愛らしい少女だ。それが、あろうことか野菜で自分たちを撃退するなどとは夢にも思わなかったらしい。「こらっ! 貴様ら何をしているかあーーー!!」 そこにスーパーの警備員たちが駆け付けてくれた。女の子
中堅スーパーの警備室。 女子高生が暴漢に襲われたとの通報があったため何人かの警察官がやって来た。しかし、暴漢たちは撃退されて逃げ出している為、警官たちは肩透かしを食らった形だった。 そこで犯人の特徴を捉えようと防犯カメラを見る事にしたのだ。 スーパーの防犯カメラの映像を見た警官たちは絶句した。「……」「……」「……」「何者だよ、この女子高生……」 それは、まるでアクション映画の撮影でもしてるかのようだった。闇雲に逃げているように装って、狭い通路に誘い込み一対一の格闘に持って行っている。 襲撃犯は人数がいるので容易く型が付くと驕っていたのであろう。瞬く間にかずを減らしていった。 そう見えるくらいにクーカは襲撃犯を易々と撃退して行っているのだ。しかも、動きには一切の無駄が無かった。まるで格闘家対素人の試合を見ているようだ。話にならないのは一目瞭然だった。 だが、これでも時間が掛かっている方だった。今までのクーカなら躊躇する事無く襲撃犯たちをあの世に送っている。 今回は武器が無いので仕方なく格闘したのだ。別に格闘戦が苦手な訳では無い。クーカが武器を使うのにはそれなりの訳があった。 クーカは体格が小柄なので体力が無い方だ。体力を猛烈に消耗する格闘戦は持久力に問題があったのだ。後、一分程度に襲撃犯が粘ったら、へたばってしまうのはクーカの方だった。それくらい危うい状態だったのは誰も分からなかった。 男たちは何故か拳銃を出さなかった。目の前で驚異的な強さを見せるクーカに恐れをなして忘れていたのかもしれない。「おぉぉぅぅぅ……」 クーカが襲撃者の一人の股間を蹴り上げた瞬間。室内にいた男性警官たちが呻き声を漏らした。何かに共感したのだ。 男共が何に畏怖したのか、理解できない女性警官はキョトンとしている。「すげぇ、強いな……」「本当に女子高生かよ……」「……俺たちでも敵わないんじゃないか?」 防犯カメラの映像を見ていた全員が口々に絶賛していた。 ナイフとは言え武装した男たちを、野菜で撃退する女子高生に驚愕していたのだった。「取り敢えずは被害届を出してもらっておこうか……」 一番年配の警官がそう言った。 一方、スーパーの警備室では事情聴取が行われている。灰色の壁だけの味気ない部屋だった。「襲われた襲撃犯たちに心当たりはありますか?」
地下一階。 全員が銃を構えたままエレベーターを見つめている。不意に開いた扉から何かが室内に放り込まれてきた。「手榴弾っ!」 誰かが叫んだが投げ込まれた物は、床に落ちる音と同時に炸裂した。強烈な音と閃光がホール内に充満した。「くそっ! スタングレネードかっ!」 警備隊長が自分の目を手で覆い隠しながら唸るように喋った。「撃てっ!」 だが、その掛け声よりも早く、ホール内に侵入を果たした者がいた。全員が目を離したので気が付くのが遅れたようだ。「ぐあっ!」 クーカは飛び込んで最初の男の首にナイフを突き立てた。そのままの体勢で隣に居た男の首を跳ね、返す刀で三人目の腹を切り裂いた。ナイフを使ったのは自分の存在を悟られるのを遅らせる為だ。(手前の右側に三人。 左側に二人。 左奥に二人。 右側奥に三人。 大関は一番奥の台座……) 彼女は右側の三人を始末している隙に、地下に居る人員の配置を見ていた。 男たちはいきなりの目くらましに気が動転しているのか銃を入り口に向けたままだ。次のターゲットはこの二人。その前に左奥の二人の内モニターを監視していた男にはナイフを投げ込んでやった。ナイフは男の首に刺さったが、傍に居たもう一人は咄嗟にしゃがみ込まれてしまった。牽制はとりあえずは成功だ。 クーカは腰から銃を取り出し、左手前の二人に銃弾を送り込んでいく。二人は横合いから来る銃弾に反応できずに、何が何だか分からない内に絶命してしまった。 ここまで掛かった時間は一分も無い。しかし、尚も台座に向かって突進していくクーカ。「くそっ! 小娘がっ!」 モニターの所に居た男が立ち上がって拳銃を撃って来た。しかし、クーカには当たらない。銃弾を右に左に避けながらクーカは男に迫っていく。「何故、当たらないんだっ!」 男は尚も引き金を引き続ける。しかし、銃弾はクーカの身体を捉える事無く床に後を残すだけだった。弾道が見えるクーカには無意味な行為だ。「悪鬼め……」 男の懐に飛び込んだクーカは右手のククリナイフで男の腕を薙ぎ払らった。それから、左手の銃で男の顎下から撃ち抜いた。 男は仁王立ちの状態からゆっくりと倒れていった。クーカはそのまま男の影から右奥の男たちを銃で撃ち倒した。 右奥に居た男たちはアサルトライフルを構えていたが、クーカが倒した男が邪魔で撃てなかったらしい。その
工場の入り口。 ここに来るまでに妨害行為は皆無だった。工場内に兵力を集中させたと見るべきだろう。 工場の入り口には監視カメラが有った。クーカはカメラに向かって携帯電話をかざして何やら操作した。(よし…… これで時間が稼げるっと……) 彼女は強力な赤外線を放射させて、監視カメラのCCD部品を飽和させたのだ。 こうすると自動回復するまで暫くは時間が稼げる。外国の強盗団が良く使う手口だ。 普段なら銃の形をしたアイテムを使っている。だが、今回は日本に持ち込む暇が無かった。(確か…… この辺よね……) 彼女はエレベーターホールに辿り着いた。そして、ホールの隣に有る掃除用具などがある備品室に入り込んだ。 クーカは保安室で見せて貰ったビルの設計図を覚えていた。 五階にあると言う秘密エレベーターの入り口に行く気は無かった。敵が待ち構えているのは分かり切っているからだ。(入るのに手間が掛かるのなら、壁に穴を開けてしまへば良いのよ……) 彼女はショートカットするつもりなのだ。別に友好的な訪問をしに来た訳では無い。真面目に敵の希望通りに動く必要も無いだろう。 背中に背負ったウサギのナップザックを降ろして中から四角い粘土のような物を取り出した。(加減が難しいのよね……) 壁に粘土のような物を張り付けていく。映画やドラマでお馴染みのC4爆薬だ。自在に形を変えられるので、こういう作業には向いている爆弾だ。(ん?) 爆薬を壁に張り付けていると、エレベーターの動作音が聞こえて来た。(誰か降りて来る……) いきなり監視カメラが使えなくなったので様子を見に来たのであろう。「……」 仕掛け終わったクーカは爆弾を爆発させた。爆弾の爆風は動作していたエレベーターの安全装置を作動させ停止させてしまった。(これで何人かは閉じ込める事が出来たっと……) 懐から降下用器具を取り出し、エレベーターのワイヤーに固定した。これを使って一気に降りるのだ。爆破音が響いた以上は、敵に何が起きたのかは伝わってしまったはずだ。 固定を確認するとクーカは中空に身を躍らせた。降下器具はゆっくりとだが彼女を静かに地下へと降ろしていく。(地下には何人いるのかしら……) 降下しながらクーカは考えた。もっとも敵の数は彼女にとっては問題では無い。掛かってしまう時間の方が問題だった。だから、
道半ばまで来た時に不意にクーカが立ち止まった。工場入り口までは一本道だ。迷うような場所では無い筈の場所だ。「右に三人…… 左に二人…… 化学工場に狙撃者が一人いるわ……」 クーカがそう呟いた。「……」 目を凝らしたが先島には見えなかった。 不意にクーカが空中に何かを放り投げる。次の瞬間。辺りは閃光に満たされた。 彼女が使ったのはスタン・グレネードにも使われる、アルミニウムと過塩素酸カリウムで練り込んだお手製の閃光手榴弾だ。きっとヨハンセンが作成してくれたものであろう。 襲撃されるのが分かっているのに暗くしている理由は暗視スコープを使用しているからだ。クーカは相手の視覚を奪って有利に事を運ぼうとしていた。(いやいや…… 先に言ってよ……) 先島が閃光に戸惑って立ち止まっていると、通用道路の右側を目指してクーカが走り出した。走ると言うよりは飛び込んでいくと言う方が合ってるのかもしれない。それと同時にククリナイフを外套から覗かせているのが分かった。「うぐっ」「そっちに行ったぞっ!」「ぎゃっ!」 声を掛ける間もなく暗闇の中から叫び声が聞こえた。銃声が聞こえない所を見ると相手が構える前に始末をつけているらしい。「仕事が早いな……」 先島も弾かれたように左側の樹の根元に銃弾を送り込んだ。ほんの一瞬だが人が居る気配がしたからだ。「ぐあっ!」 樹の根元に居た一人に命中した。目線を上に向けると樹の上にもう一人居るのに気が付いた。 上半身を起こしている。狙撃するつもりがいきなりの閃光で気が動転していたに違いない。無防備な状態で顔から暗視スコープを外そうとしているらしかった。 先島は続けざまに銃弾を送り込んでやった。樹の上の男はスローモーションのように落ちて行った。 その様子を見ていたクーカは先島に近寄ろうとした。すると。ヒュンッ クーカの耳元を何かが通り過ぎ、傍の樹木に弾痕を作った。狙撃されたのだ。(そういえば狙撃手が居たわね……) 足元を見ると倒れた男はライフルを持っていた。クーカはそれを拾い化学工場に向かって立膝で構えた。狙撃手を片付ける為だ。 大体の所に狙いを付けると引き金を引く。自分の狙撃銃では無いので撃ちながら調整する為だ。 一発目。(左に逸れている……) 二発目。(右に逸れた……) 三発目。(これでお終い……
「すごいじゃない……」 クーカが先島の射撃の腕を褒めていた。先島はニンマリと笑っていた。褒められたのが嬉しかったらしい。 だが、追っ手の車は一台では無かった。直ぐに新手が現れた。「ありゃりゃ……」 先島はガッカリしてしまった。そんなに予備弾倉を持って来て無いからだ。 元より日本の警官は銃を撃つことは無い。相手が銃器を所持している事が少ないし、銃撃戦が想定される時にはSWATチームへの出動要請を行うからだ。 先島は再度車の方向転換を行い正面を向いて車を走らせた。バックだけではすぐに追いつかれてしまうからだ。「弾倉を変えてくれっ!」 先島はクーカに銃を渡した。車の操縦に忙殺されているからだ。 銃を渡されたクーカは先島の胸のポケットから予備の弾倉を取り出して取り換えた。 そして、クーカが助手席の窓から身を乗り出して追っ手の車に銃撃を加える。 もっとも撃ったのは一発だ。しかし、彼女には一発で十分だった。追っ手の車から身を乗り出して撃っていた男は、仰け反ったかと思うとうな垂れてしまったのだ。「やっぱり、凄いな……」 その様子を見ていた先島は苦笑しながら運転を続けていた。追っ手の車は急に減速していくのが見える、次は自分の番だと思ったのであろう。(やはり自分の銃じゃないと駄目ね……) どうやら狙いを外してしまったらしい。彼女は相手の拳銃を撃ち落としたかったのだ。クーカは一発で決める事が出来なかった事を反省していた。 警備の詰め所は無人だった。車はそのまま工場の敷地内に侵入して駐車場にやってきた。工場入り口まで行きたかったのだが車止めがあったのだ。「どうやら俺たちが来る事はバレバレだったみたいだな……」 一見すると無人に見える工場を眺めながら先島が呟いた。「ええ、歓迎の準備は整っていると見るべきね」 そういうと車を降りていった。「……」 先島は少しため息をついた。もう少し大人を頼りにしても良いのにとも思っていたのだ。「貴方も行くの?」 一緒に車から降りた先島に、拳銃を返しながらクーカが尋ねた。「ああ、色々と問題はあるけど日本を守るのが俺の仕事だ……」 先島は拳銃の残弾を確認しながら答えた。「そう……」 クーカはそう言ってスタスタと先に歩き出した。日本を守る云々は興味無さそうだった。先島は少し肩を竦めて後を付いて行く。「その
都内湾岸地域。 夜中の都内湾岸地域。 海岸沿いの道をクーカは一人歩いていた。鹿目の工場に向かっているところだ。 本当はヨハンセンに送って行って貰おうとしていたのだが、生憎とクーカの脱出経路の準備に忙殺しているらしかった。 そこでクーカはテクテク歩いて向かう羽目に成ったのだ。 普通、夜中に女の子が歩いていると、厄介な連中に絡まれてしまうのを心配するものだ。だが、工場地帯の真ん中では車すら滅多に通らず心配は無用なようだ。 もっとも、何も知らずにクーカを襲うと後悔するのは犯人の方であろう。 すると、そこに一台の車が接近して来た。車はクーカを追い抜く事も無く並走するような感じで速度を緩めた。「……」 クーカが車内を見ると先島がハンドルの上で両手を広げていた。敵意は無いと言いたいのだろう。「……」 クーカは静かにため息を付いて助手席に乗り込んだ。どうせ無視してもしつこく付いて来るのは分かっていたからだ。 先島はのほほんとしてる風を装うが、事態の推移を自分の望む方に誘導しようとする。中々厄介な奴だとクーカは考えていた。「やあ、お嬢さん。 偶然だねぇ…… どちらまで?」 先島がニコヤカに聞いて来る。(笑顔が張り付いている……) そうクーカは思った。愛想笑いが苦手なのだなとも思っていた。「同じ処よ……」 クーカはシートベルトを体に付けながら答えた。(分かってる癖に……) 先島が工場の存在を海老沢から聞き出したとヨハンセンから予め電話で知らされている。つまり、クーカが先島に近づいた目的も感ずいているに違いなかった。 クーカは研究所にあると思われる両親の臓器を探したかったのだ。「ははは。 じゃあ、一つだけ…… 相手をなるべく殺さないようにね?」 先島はクーカの方を見ずに言ってきた。「…… 努力はするわ ……」 クーカが仕方なく返事をした。敵を殺さないで無力化するには結構手こずるものだ。 体力勝負になると自分自身が危なくなってしまう。 返事とは裏腹に手加減はするつもりは最初から無かった。「後処理が面倒なんだよ……」 先島が車を運転したままに続けた。車は一路工場へと向かっている。 その言い分にクーカはキョトンとしてしまった。「そっち?」 てっきり人を殺める方を咎めているのかと思っていたからだ。 クーカを車に乗せた先島は鹿
保安室近辺。 藤井あずさが帰宅しようと歩いていると一台の車が寄って来た。 車が藤井の傍に止まると車の運転席が開き、男が小走りで藤井の傍に来ると耳打ちした。 促されるように身を屈めて中を覗き込むと、後部座席には老人が一人いた。鹿目だ。 藤井はそのまま後部座席に乗り込み鹿目に報告を始めた。「先島が生物兵器の存在に気付いたようです……」「……」 鹿目は何も言わずに藤井の話を聞いていた。「海老沢から工場の構造などの情報を収集して向かいました」「……」 鹿目は黙ったまま話を続けよとでも言いたげに頷いただけだった。「クーカも同様に保安室から情報を入手して向かっています……」 藤井は座席に座ったままで老人に報告をしていた。「手の者が手厚く迎えてくれるじゃろ……」 徐に口を開いた鹿目が答えた。手の者とは大関の部下たちだ。「彼女は貴方を許さないと思いますが……」 藤井は伏し目がちに聞いてみた。 鹿目が作る生物兵器はまだ研究の途上だ。政府機関が表立ってやるわけにはいかないので、鹿目が代わりに研究してやっているのだ。それを咎められる筋合いは無いとも考えていた。 平和平和とのんきにお題目を唱えていれば、日本への脅威が無くなるわけではない。 世界大戦後に局所的紛争しか発生しないのは、核兵器による暗黙のルールがあるお陰だと鹿目は考えている。 日本が核兵器を所持する事が出来ない以上は、それに替わる兵器を所持するべきなのだと信じているのだ。 その一つが生物兵器だった。勿論、生物兵器禁止条約で禁止されている品目だ。 だが、世界各国は絵空事など気にもとめないで研究している。 そこで日本も対抗策として行うべきだと鹿目は考えていた。 生物兵器の一つが完成が近かったのだ。そして、研究の完成にはクーカの両親のDNAが必要だったのだ。 海老沢の体から取り出した臓器を、他人の物とすり替えたのも鹿目の指示だった。 クーカが臓器が偽物だと何故気がついたのかは謎だった。それは、もはやどうでも良い問題だ。 問題は研究施設の安全をどうやって守るかだ。 幸い、保管庫は自分か大関かの生体認証が必要だ。 認証の為には右目の中の虹彩と、右手中指の静脈の両方が必要だった。 しかし、人間が作ったものに万全が無いのも事実だ。 ならば、脅威であるクーカの始末をすれば解決した
ところが改良が巧く行ってないらしいとも言っていた。しかし、それは鹿目の事情で在り資金を提供している北安共和国は関知する所では無い。早急に結果を出せと迫られているらしい。「未来永劫で役立たずのデ……首領様に導いて欲しんだとさ」 海老沢が再びクックックと笑っていた。「その細胞を根本的に改良する為に、クーカの両親のDNAが使われる予定だったのさ」 ひとしきり笑ったのちに付け加えた。(それで鹿目の事を知りたがっていたのか……) クーカが鹿目に拘っていた理由が判明した。彼女はDNA情報を葬り去りたいのだと思った。「最終的には北安共和国の首領のクローンを作成するのが目的だと聞かされているがね……」 その為にクーカ一家の細胞(Q細胞)が必要であった。 それを手に入れようとしたチョウは、エバジュラム国まで出向いたがクーカの妨害により失敗した。 チョウの失敗に激怒した北安共和国諜報機関はチョウの家族を労働矯正収容所に放り込まれてしまったのだ。「その生物兵器の情報を、三文小説家にリークしようとしたんで消されたのさ」 家族の窮状を知ったチョウはクーカを逆恨みしていたのだった。「そこで百ノ古巌が出て来るのか……」 先島がポツリと漏らした。「誰だって?」 だが、名前を聞いた海老沢は首を傾げた。自称社会派ジャーナリストの小説家の名前までは知らなかったようだ。「知らないんならいいよ。 死んじまったし……」 先島が答えると海老沢は首を少しすくめた。死んだ者には興味が無いのだろう。「それで、秘密工場は何処に有るんだ?」 先島が話を促すように言った。肝心の工場の在処がまだだったからだ。 「知ってどうするんだ?」 海老沢が聞いて来た。「きっと、工場にボヤが起きて中身は全て燃えてしまうよ……」 それを聞いた海老沢はニヤリと笑った。彼もクローン工場の事は気に入らなかったようだ。 海老沢が再び話を始めた。「鹿目化学の湾岸工場に併設されている野菜工場がそれだ」 海老沢のスマートフォンに問題の工場が映し出されていた。それの隅っこの方に窓が片側にしかない建物が写り込んでいた。「もっとも、野菜工場と言っても露地などで作られるものじゃないんだ」 海老沢は問題の建物をスイープで拡大して見せた。「今、流行のLEDライトを使用した人工光の工場なのか?」 先島は
「だから大関と鹿目の関係さ。 なんで大関はクーカを使ってまで鹿目を脅したがるんだ?」 チョウを狙撃したのはクーカであろうことは分かっている積もりだ。近所の防犯カメラにクーカらしき人影が映っていた。証拠としては弱いが嫌疑をかけるのには十分だ。「……鹿目が北安共和国との約束を守らないからだ」 渋々という感じで海老沢が語り出した。 鹿目は北安共和国首領用の移植用臓器作成を請け負っていた。だが、違う臓器を渡していたようだ。「なんで鹿目がそんな危ないことやるんだ?」 鹿目は財界の大物だ。配下に一流と言われる会社を幾つも持っている。彼の企業があげる収益から見れば臓器密売などチリにもならない。「人の命運を握るのは魅力的だったんだろう…… たぶん」 確かに一度移植を受けると定期的な検査が必要になる。元の情報を握っている方が立場上有利なのは確かだ。どんなつまらない事でも人の上に立ちたがる人間は居るものだ。「そのデザインされた内臓を培養してある程度大きくなったら、提供された人間に移植して培養していたのさ」「提供された人間?」「北安共和国から提供された人間だ。 彼等は日本人の中で培養された臓器を使うのを嫌がるんだよ」「良く分からん拘りだがね……」 そう言って海老沢は笑った。「鹿野は生体培養を担当して、大関は提供された人間を管理していたんだ」「お前さんの役割は何だ?」「俺は人間を運ぶのが仕事だ。 主に漁船を使ってやっているがね……」 昔は覚せい剤などを沖合で取引する『セドリ』とい手法があった。だが、海上警備や港湾警備の強化で現象していると聞いている。「大関はどう関与してるんだ?」「その話を鹿目に持ちかけたのが大関だったんだよ」 大関はクスリ関係の密輸取引で北安共和国と繋がりがあったらしいと公安のファイルにはあった。「もっとも奴の目的は別だったけどな」「別?」「自分のクローンを鹿目に作らせようとしてるんだよ」「権力を待った人間なんてみんな一緒さ。 来世救済を信者に解く癖に自分は死にたくないんだとさ」「笑っちまうよな……」 海老沢はクックックと押し殺したように笑っている。余程面白かったのだろう。身体が震えているようだ。「ところがだ…… その検体に致命的な不具合が見つかったんだよ」 ひと通り笑い終わった海老沢は話を続けた。「人を食いつぶ
海老沢邸 先島は車の中で鼻をぐずぐずさせていた。さあ、海老沢邸に乗り込もうとした途端に、いきなり大きなくしゃみをしてしまったのだ。(風邪でも引いたかな……) 何だか出鼻をくじかれた思いだった。(今日は正面から訪問するか……) 前回に海老沢に会いに来た時には、クーカに狙われて助かった理由が知りたかっただけだった。 だが、色々な事情を探る内にクーカの戦闘に対する考え方が分かって来た。彼女は自分に敵対する意思の無い者には、攻撃をしないのだと確信していた。 それは彼女自身の強さに起因しているのだろう。 クーカの詳細な人物リポートを読むと、クスリで強化された兵士である事がハッキリと書かれている。それまでは噂で伝聞される類いの物だけだった。強さに裏打ちされた自信。彼女が史上最強の暗殺者と呼ばれる所以であろう。(まあ、実際にあのジャンプを見ると納得出来るものが有るよな……) 何度も驚異的な跳躍力を目の当たりにすると、納得できるものがあったのだ。 今回の海老沢への訪問は、大関と鹿目の関係を探るのが目的だ。クーカが二度も来たのには理由があると考えていたのだ。 先島は門を潜り抜け玄関の呼び鈴を鳴らさずに屋敷内に入っていく。すると居間に海老沢が居た。「……少しくらいは礼節を弁えたらどうなんだ?」 海老沢は憮然として言い放った。元々、警察嫌いだし公安は輪をかけて嫌いなのだ。「やあ、聞きたい事があって来たんだ」 そんな問いかけを無視して、先島が張り付けたような笑顔で語り掛けた。「普通は門の所にあるインターホンで用件を言うもんだろう」 先島が門を潜り抜けた辺りから気が付いていたらしい。海老沢の御付きの者たちは下がらせているようだ。揉めるのが嫌だと見える。「大関と鹿目の関係が知りたくてな……」 先島は海老沢の恫喝など気にせずに言い放った。「当人たちに聞けば良いんじゃないのか?」 海老沢としても余り関わり合いになりたくは無い様だ。クーカに関わったばかりに部下を八名ほど失っている。後処理が非常に面倒だったのだ。「どっちも宗教界と財界の大物だ。 木っ端役人なんか相手してくれるわけないだろう?」 先島は少し肩を竦めながら返事をした。「教えるにしても俺には何のメリットもねぇじゃねぇか」 海老沢が吐き捨てる様に言って来た。その木っ端役人は自分の所なら気